産後の精神疾患

Postpartum Psychosis

はじめに

専門家はこの種の病気を「産褥期精神病」と呼ぶ傾向にあります。ここでいう「産褥期」は出産してから6週間以内を意味しており、「精神病」とは深刻な精神疾患のことをいいます。つまり、「産褥期精神病」とは出産後間もなく起こる、深刻な精神疾患です。多くの人がこの病気にかかると非常に動揺します。なぜなら、どうして起こるのかはっきりとした理由がないからです。赤ちゃんが欲しくなかったわけでもなく、妊娠や出産で苦労したわけでもありません。また原則として、赤ちゃんの具合が悪いわけでもないのです。 

 

産褥期精神病はかなり稀で、出産500件に1回の確率でしか起こりません。何千年も前に実在した古代ギリシャの医師ヒポクラテスの時代から、何世紀にもわたって知られてきました。過去にこのような精神病を経験したことのある女性や、血縁の家族の中に精神科での治療を必要とするような深刻な精神疾患にかかった人がいるような女性が、かかりやすくなります。

 

かつて産褥期精神病は、他の時期に起こる精神病とは違う特別な病気だと考えられてきました。しかし現在では、妊娠・出産を契機にいくらか違った現れかたをするにしても、躁うつ病や統合失調症であると考えられています。

 

この時期に起こる3つの主な病気があります。

 

躁病

躁病になった母親は、活力に満ちあふれ、初めて赤ちゃんを産んだにもかかわらず自信たっぷりです。活動的で話し続けているというのに、休息も取らず、一晩中起きており、あまり食べません。さらに、自分には子育ての他にもやるべきことがたくさんあると感じ、赤ちゃんの世話をおろそかにしがちになります。あれこれと買い物をしたり計画を立てたり、家の中のことや自分の身の回りのことを整えたりしないといけないと思い込んでしまうのです。たいていは機嫌がよくて陽気ですが、非現実的な計画や思いつきでの行動がうまくいかないと(当然といえば当然なのですが)とても怒りっぽくなります。母親の自己管理と赤ちゃんの世話の両方が放置されるという深刻な危機に陥ります。

 

うつ病

深刻なうつ病の母親は、躁病の母親とはかなり様子が違います。とても興奮し落ち着きがないこともありますが、深い悲しみに陥り失望に打ち沈み、元気がなくなり自発的でなくなります。

 

罪悪感を感じたり、自分が邪悪な人間だったり価値がないという感情にかられることがよくあります。また、他人が自分のことをそのように見ていると思い込みます。食欲はほとんどなく、よく眠れなくなります。深夜から早朝にかけて目が覚め(午前3時頃のことが多いです)、この時間帯に一番具合が悪く感じます。自殺を考えたり試みたりする危険性も高く、まれに、自殺する際に赤ちゃんを道連れにします。幼児殺害に関する法律では、産後366日以内に自分の赤ちゃんを殺した場合、精神的に病んでいる可能性があると認められています。

 

統合失調症

統合失調症にかかると、母親は現実離れした夢を見るような状態に陥り、考えや感情が混乱します。身の回りに起こるすべてのことが、自分と特別なつながりがあると信じるようになります。

 

声(訳注:幻聴)が自分に話しかけてきたり、声どうしが自分や赤ちゃんのことを話し合っていたりいるように聞こえたり、赤ちゃんがいつもと違って見えて、すり替えられたのではないか、悪魔や新たな救世主なのではないかと思いこみます。また、誰かが自分の幸せや不幸を願って、自分のことを操っていると感じます。このように混乱した考えや奇妙な思いつきが混ざっていると、周りの人が本人の言っていることを理解するのは難しくなります。

 

ときに赤ちゃんの世話をしなくなったり、赤ちゃんに奇妙なことをしたり、子どもに誰かが危害が加えると思い込み、凄まじい勢いで守ろうとしたりします。

 

これらの様々な精神病は、それぞれの症状が同時に出たり、順番に出たりします。躁病に続いてうつ病の症状が現れたり、統合失調症に躁病またはうつ病のような症状が併せて見られたりします。

 

なぜ起こるのですか?

産褥期精神病は、妊娠後期や出産時に起こる大きなホルモン変化の影響によって起こる可能性がもっとも高いと言われています。

 

この病気が始まるのは出産直後で、特に頻度が高いのは産後の数日間です。生まれつき産褥期精神病になりやすい人もいますし、幼少期の経験がもとでこういった病気になりやすくなった人もいます。

 

治りますか?

この種の精神病はとても深刻ですが、適切な治療には顕著な効果を示し、治療結果は非常に良好です。

 

一番大切な事は、早期発見です。つまり、産科医やかかりつけ医、助産師や保健師は、産褥期精神病が起こる可能性があるということを常に心に留めておく必要があり、また深刻な不眠、極端な引きこもり、落ち着きのなさといった警告となる兆候を理解していることが重要です。

 

女性が子供を授かった時、本人または血縁家族に精神疾患にかかったことのある人がいるかを確認することはとても大切です。もし産褥期精神病の疑いがある場合は、精神科医に関わってもらう必要があります。

 

どのような治療法がありますか?

担当の精神科医は、母親、赤ちゃん、そしてそばにいる家族がいずれも穏やかな生活を送れることを目指して治療を行います。医師は、母親が入院治療が必要かどうか判断します。英国では、地域によっては在宅治療が可能です。ただし、母親が自殺を考えたり、不合理な考え方しかできないような精神状態でない場合に限られます。

 

可能であれば、赤ちゃんは母親と一緒に入院し、母子の絆が断たれないようにします。数少ないですが、母子入院病棟もありますし、あるいは、託児所付きの一般急性期入院病棟もあります。

 

薬物療法や身体的療法は、産褥期精神病の治療には欠かせません。母子が離れている時間を最小限にするためには、迅速な治療を行うことが肝心です。

 

心理療法は効果が現れるまでに数週間から大抵の場合、数ヶ月かかってしまいますが、薬物療法や身体的療法なら、数日から数週間以内に効果がみられます。 

 

薬物療法では、抗うつ薬や抗精神病薬が通常よく使われます。唯一の身体的療法は、電気けいれん療法(electroconvulsive therapy; ECT)です。こわい治療法のように聞こえるかもしれませんが、ECTは深刻なうつに非常に高い効果を発揮する治療法で、時には命を救うことにもつながります。

 

ホルモンの変化が病気とどのように関わっているのかわかっていないため、ホルモン剤のみに頼ることはできません。しかし、過去に産褥期精神病にかかったことのある女性に対しては、再発防止に一定の効果があるかもしれません。

 

授乳は母親と赤ちゃんにとって、強い絆になります。そのため、母乳に影響を与える薬は避けます。幸い、抗うつ薬はほんの少量しか母乳に分泌されないため、授乳を止める必要はありません。また、ECTはまったく障害になりません。

 

これに対し、炭酸リチウムは躁うつ病に最も効果を発揮する治療薬ですが、母乳に影響を与えるため、必要に応じて人工乳に切り替えます。

 

周りの人は何ができますか?

産褥期精神病のような深刻な精神疾患は、新米ママにとって大きな障害となります。赤ちゃんの世話を手助けしてあげることが大切です。たとえば、授乳や洗濯、おむつ交換を手伝ったり、赤ちゃんと遊んであげることなどです。

 

精神科のチームは、赤ちゃんへの暴力や育児放棄の危険がないようにしながら、母子ともに幸せになれるよう最善を尽くします。

 

配偶者(パートナー)や家族も、自分たちを責めたり、怒りや恐れ、罪悪感を感じたりしなくてすむよう、支援が必要になります。

 

他の人たちが支援に加わることもあります。たとえば、親戚やかかりつけ医、プライマリ・ケア・チーム、保健師、精神科専門看護師や精神科医、ソーシャル・ワーカー (赤ちゃんに何らかの危険が考えられる場合)などです。

 

また、ボランテイア団体もあります。産後精神疾患協会(Association for Post Natal Illness)は、自身がかつて産褥期精神病や産後うつ病を克服した女性会員たちが、現在そういった問題を抱えている女性たちに手を貸したり、支援したりしています。

 

また同じようなことが起こりますか?

産褥期精神病に再度かかる確率は5分の1を超えています。躁うつ病の場合はさらにそれを上回ると思われます。以前そのような病気を経験したことのある女性が再び出産する場合、産後、特に最初の数日間は注意深い観察が必要です。そうすることで、再発の兆候が見られた場合、速やかに治療が始められます。しかし、産褥期精神病を経験した女性の半数は、再び精神的な不調に陥ることはありません。

 

Translated by Ai Gelband, Junko Yasuda and Dr Nozomi Akanuma. April 2012

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